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大阪府寝屋川市の小学校内殺傷事件について考察してみる 

朝起きたら外は雪がちらついていました。やっと週末になりましたので、連日報道されている大阪府寝屋川市の小学校内殺傷事件について考察してみることにしました。

まず、犠牲になられた先生のご冥福を心よりお祈りをしたいと思います。ご家族の気持ちを考えるともう本当にこれからも悲しみや苦しみや痛み、そして加害者少年への憎しみと戦ってゆかれるかと思うと胸が締め付けられます。事件そのものはすぐに風化してしまうのでしょうが、ご家族の方の長い戦いは残念ながらここから始まります。私には祈ることしかできませんが、どうかそんなご家族の悲しみ、苦しみの荷が少しでも軽くなるよう祈らずにはいられません。

またその反対に加害者のご家族も被害者のご家族同様にこれから本当に長い間悲しみや苦しみと戦ってゆかれることでしょう。

これは本当に残酷なことです。

このところ頻発している小学校内での殺傷事件ですが、一体全体何がどうしてこういった残酷な事態を引き起こしてしまうのでしょうか。私はワイドショーや報道の情報にはあまり感心がないのですが、これらの事件を通して漠然と思うことは共通して加害者側が完全に自分を見失っているということです。私自身も100%自分で自分のことをわかっているのかと改めて問われれば、そんなのはわかるはずがないと思ってしまうのですが、見失っているということもまたないと思うのです。逆に言えばそこだけが私と加害者の彼等との違いかとも思えるわけなのです。

自分を見失うか見失わないかの境界線は年を重ねてもかなり曖昧な境界線です。

これはこのような事件だけに限って言えることではありません。例えば恋をして自分を見失う、趣味に没頭しすぎて自分を見失う、自分を簡単に見失うことは世界にあふれてます。

そんな中で人生に何度もあったはずであろう「自分が自分を失くしそうになった時」に自分を救ってくれたものはなんだったのか?

あぁ、残念ながらその時々で精一杯だったのでほとんどおぼえていません。

でも、それは頭から抑えられるような叱咤ではなく、見て見ぬふりをする悪い意味での放任でもなく、文章にするとそれなりに感動するかもしれないけど全然心の入ってないうわべの同情でもなかったことだけは確かです。

一緒に笑ってくれる、そして泣いてくれる友や、同じような境遇の中で生まれ出た作家の本の中の一文章であったり音楽であったり、そして何か言いたくても言えずにただじっと一心に娘の成長を信じて祈り続けてくれた両親や、教師としても人間としても本当の意味で対話をしてくれた恩師に私はうまい具合に救われ続けてきたような気がしてしょうがないのです。そういう意味では私は故・遠藤周作さんが言うように自分もまた「生かされている人間の一人」と思えてしょうがないのです。

時には自分と、そして時には自分以外の人、動物(あるいは植物の場合もあるでしょう)との対話を通して私は今の私になりました。

ゲームが悪いとは決して言いません。でもゲームは本気でやれば自分の思う通りになりますが、私は自分の思う通りだけには決してならない自分や自分以外の人、動物などとの対話がとても大切だと思えてしょうがないのです。理不尽なこともあるでしょう。苦しいことも悲しいことも腹立たしいことも生きていれば山のようにあります。そんな時に「そうだね。それはしんどいよね。」って言ってくれる人、「もうちょっと頑張らんかい。」って言ってくれる人、言葉は話せないけど「もしかしてタイヘンなの??へぇ~。ボクには関係ないけど。」とでも言うかのように人の顔色を伺う猫、私を救ってくれたものはそんなに難しくはなく自分でも他の人にしてあげられるような単純なことだったと思えてしょうがないのです。だからこそこういった残酷な事件にはなんともいえないやるせなさをおぼえてしょうがないのです。

加害者が「特別」なのではなく、誰でもそうなりうりそうな中を紙一重の違いで生きているのだと思えてしょうがないのです。

加害者少年について、学校の防犯対策にについて、世の中では様々な議論がされいてそれらについての考察はもちろん大切だと思いますが、これを機会に今皆さんが今の皆さんでいるのは何故だろうと少し考えてみませんか?答えはそんな中にこそあるのでは?と思います。
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[2005/02/19 09:49] 未分類 | TB(0) | CM(8)

命とは。

私も誰もが自分を見失う紙一重で生きているように思います。

でもたとえそうであっても、自分と同じように
悩み生きている人間の命を、突発的な行動で
奪ってしまうのは本当に悲しいと思います。

私もこの歳になって生きてるのではなく周りの
人の支えで生かされていると考えるようになりました。

これ以上このような事件が起きないよう
祈るばかりです。
[2005/02/19 23:19] りあるれっど [ 編集 ]

えーと、恥ずかしながら、帰ってまいりました。どーも、kowazuです。またつたない文をつらつらと書いていこうと思ってますので、遊びに来てください。
[2005/02/20 02:00] kowazu [ 編集 ]

りあるれっどさん>>

難しいテーマにコメントをありがとうございます。心から感謝です。

正当防衛でもなく、目的があるわけでもなく、そしてためらいなく「命」が奪われてしまうことは本当に許せないことであり尋常ではなく異常です。二度と取り戻せないものを他人から奪うことで満たされない心が満たされることは決してないはずなのに。

本当に祈ることしかできませんが、このような悲惨な事件が繰り返されぬよう同じく祈るばかりです。
[2005/02/20 03:01] mino_rin [ 編集 ]

kowazuさん>>

おかえりなさいませ!
お元気な様子でなによりです。フル充電できましたか?またこれからもよろしくね☆
[2005/02/20 03:03] mino_rin [ 編集 ]

私のブログに自己満足100%の文章をそれについて書きましたが、高校に入って同じように中学時代に迷っていた人たちと会えたのが私にとって大きかったですね。
何も言わなくても分かってくれるし、一緒になって悩み笑ってくれる。やっぱり仲間は大切だと思いましたね。今でも千葉に帰ると一緒に飲みますし。

本も大切ですね。私は太宰治の『人間失格』はまさにその時の私でしたから。ダメ人間でも生きる資格はあり、それを自ら捨てるのは愚かだと感じましたね。

相変わらずまとまりのない文章ですいませんm(__)m
[2005/02/20 17:42] ふぃるめん [ 編集 ]

ふぃるめんさん>>

コメントをありがとうございます!

今更ながら「何気ない対話」に秘められた重要性を痛感せずにはいられません。特に社会人になってしまうと、学生の時のようにはいきませんので、なおさらあの頃が懐かしく思い出され、宝物に感じられます。

私達大人がもし子供にしてあげられることがあるとすれば、それは自分のたくさんの宝物を自分で独り占めせず、わかつことなのかもしれませんね。それは自分が涙したり笑ったりした本であったり、音楽であったり、身をもって痛感する友人の素晴らしさだったりするのかもしれません。わかつという行為の中でまた貴重な「対話」が新たに生まれていくのかもしれません。

私もまとまりのない文章になってしまいました(笑)
[2005/02/20 21:36] mino_rin [ 編集 ]

大学の講義で少年犯罪を習ったことがあります。
殺人をしてしまった少年は、事件を起こす直前に
「自殺したいくらいの絶望」を味わった人が大半だそうです。
もちろん、絶望しているから殺人が許されるわけではありませんが・・・。
「どうせ自分なんて、何をやってもダメなんだ。
生きていても仕方がないんだ」という非常に
自暴自棄な精神状態だそうです。
せめて一人でも「私は君が大切だ」と言ってあげれば防げたかもしれないですね・・・。

まずは、加害者を2度と出さないことが大事だと思います。
「ヤケになるなよ。君は大切な存在なんだから」とわかってもらうことですよね。
殺人は許されないけど、そこまで追い詰められてしまった人も、ある意味で被害者なのかもしれません・・・。
[2005/02/23 13:42] 星奈 [ 編集 ]

星奈さん>>

貴重なコメントをありがとうございます!私も学生時代に保母の勉強をしてまして、犯罪学ではなく矯正保護論という勉強をして、児童相談所や少年院などに行ったおぼえがあります。

星奈さんの「自殺したいぐらいの絶望」を読み、永山則夫さんと彼の書いた「無知の涙」という本が思い出されました。

加害者もまた被害者・・・本当にその通りですね。それと同時に私達もまた自分で意識はなくとも、社会でそうとはうつらなくとも、そんな加害者であり被害者である彼らに対して加害者になりうることもあるかもしれません。

加害者を出さないことはある意味この社会が加害者であるところがある以上、被害者を出さないことより難しいことなのかもしれないですね。
[2005/02/26 20:49] mino_rin [ 編集 ]

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