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フルスイング 第6回 「最後の授業」 

フルスイング 第6回 「最後の授業」

卒業式の練習をする3年4組。
卒業式の歌の練習のたびに涙してしまう高林先生。
「本番に泣いたら逆立ちして校庭10周」と、生徒たちと約束する。

職員室を出たところで職員室に向かって深々と一礼する高林先生。
その後、野球部のグラウンドに来た高林先生は、グラウンドをみつめて「きれいじゃ」とつぶやく。
そして、そこにあらわれた阿部監督に、秋からの野球部の指導ができなくなったと打ち明ける―――
 
 
自宅に電話する高林先生。最近、どうも息子の公平の様子がおかしく扱いづらいと話す妻に、病院で受けた精密検査の結果が、進行している膵臓(すいぞう)ガンであったことを打ち明ける高林先生。
「卒業式なんかほっといてすぐ帰ってきて!」
涙で訴える妻・路子。

朝、路子が起きるとそこに公平の姿がなく、高林先生に連絡が入るが、心配するなと妻に言って電話を切る。
その後、公平が高林先生の学校にあらわれる。夜行バスで来たらしい。

一方、事務員さんから高林先生の食欲が激減していることを聞き、時任先生は高林先生の体調を心配していた。

自分と一緒に一度帰京して病院で再度検査を受診してほしいと、高林先生にお願いする公平。
「男同士の約束じゃ。卒業式が終わったらすぐに帰って病気を治す。」
こう言って、笑顔で公平を東京へ帰す高林先生。

高林先生の病状を心配するのは家族や時任先生だけではなかった。
同じく高林先生の病状を心配した校長先生は、高林先生に家族のもとへ帰るよう説得してくれるよう天童先生に頼むのだった。

森くんもここのところ腰痛にみまわれている高林先生を心配する。
「先生に僕の卒業式を見てもらいたいんだ。両親のかわりに絶対。」
「大丈夫じゃ。森くんの門出はわしがちゃんと見届ける。」
森くんに笑いかける高林先生。

高林先生がいなかったら自分は教師を辞めていたかもしれないと高林先生に語りかける時任先生。もっと高林先生から学びたいから、生徒たちにも高林先生の気持ちはきっと通じているから、何より治療に専念してほしいと涙目で高林先生に訴える時任先生。

野球部では、阿部監督が新しいユニフォームが出来たら東京の病院へ届けることと、野球部第二グラウンドの竣工式があることを高林先生に伝え、来年の夏は必ず一緒に甲子園に行こうと、目標は全国制覇だと力強く誓う。
「野球が待っとりますな、阿部さん!」
「そうです!野球が待っとります!」

ところかわって、校内の中庭。高林先生のもとへ天童先生があらわれる。
「私は卒業式と同時にこの学校を去る。だからあなたには、ここの学校の新しい漬物石になってもらわないと困る。卒業式は来年も再来年もあります。話はそれだけです。」
そう言って立ち去ろうとする天童先生に
「天童先生、わしはなんちゅう幸せもんじゃろと、今、思うております。この学校からは勇気をいただきました。生徒たちからは気合をもらいました。先生が方は皆さんわしのことを思ってくださっとる。わしゃ、ほんまに幸せもんじゃ。今、わしの心は澄みわたっております。自分でも不思議なほど死ぬ気がまったくせんのです。卒業式は出ます。1年前、命をかけてバックアップすると誓った生徒らをしっかりと見送ってやります。」
こう力強く言う高林先生に
「あなたは、私の言うことなど、今度もまた聞く耳を持たんと言うのですか。」
と言いつつも、私があなたの立場でも、誰がなんと言おうと生徒たちの旅立ちを見送るでしょうからと、天童先生。そして、
「そして治療が終わったら、きっとこの桜台高校に復帰します。私があなただったら。」
そう続ける天童先生。そう言って2人は笑いあう。

いよいよ迎えた卒業式。
卒業式を無事終え、すぐ東京に戻り、病院に入院した高林先生。
厳しいガン治療に耐える高林先生のもとに、阿部監督と太田先生が野球部の新しいユニフォームを手にやってくる。
「自分の好きな道を行けばいい。でも、お母さんのことを頼むぞ。」
キャッチボールをしながら公平に伝える高林先生。
入院してから5週間。高林先生の入院生活は終わった。

半年後、桜台高等学校で、高林先生の学校葬が営まれることとなり、妻・路子と息子・公平が桜台高校を訪れる。
そこには教壇を去った天童先生が、高林先生から預かった背広を持ってあらわれる。
天童先生と時任先生に
「主人はどんな先生でしたか?」
と、尋ねる妻・路子。
その問いに、卒業式後に生徒たちに行った最後のホームルームについて語る時任先生。


高林先生は卒業式後のホームルームで自分がガンであること、東京の病院で治療をしてまた桜台に戻ることを卒業生に報告する。表情が凍りつく3年4組の卒業生一同。
「氣力」
高林先生はこの言葉を卒業生に送る。
氣力とは・・・・・頑張ること、根性、生きること、精神力、ノコを最後まで引くこと、様々な意見が生徒から出される中で、高林先生は「氣力はあきらめないこと」と言う。
「あきらめちゃいかん!わしも、みんなもじゃ!」
それは卒業生に贈ると同時に自分への言葉でもあった。
「9回裏、2アウト、ランナーなしでも、何点離されとってもあきらめん気持ち、これが氣力じゃ。氣力は人を思うことで強くなる。思われることでもっと強くなる。わしはこの氣力で病気と戦ってくる。必ず治してくる。」
生徒たちに力強く宣言する高林先生。
「みんなもな、これからの人生、色んな困難にぶちあたるじゃろ。"もうあかん!投げ出そう!"そう思うことが何度もあるじゃろ。けどな、その時この言葉を思い出してほしい。『氣力』じゃ。あきらめん気持ち。『氣力』でのりこえてほしい。」
そう生徒に訴える高林先生。
「4組に送るわしのエールじゃ。」
バットを持って、痛みをこらえ、フルスイングする高林先生。

3年4組卒業生一同から感謝状を授与される時任先生と高林先生。
生徒たちからのサプライズだ。


時任先生のこの最後のホームルームの話にたまらず涙がこぼれる妻・路子。
そして、時任先生から、森くんが撮影した数々の高林先生の写真が贈られる。
そこには生前の高林先生の姿がたくさんおさめられていた。生徒を前に笑顔満開の高林先生に微笑む妻・路子。
「高林先生は生きています。この学校に、私たちの中に。卒業した4組の生徒の中に。高林先生はちゃんと生きています。」
時任先生の言葉に「はい」と笑顔でうなずく妻・路子だった。
高林先生亡き今も、桜台高校では高林先生の残したものが着実に受け継がれている。

学校葬が終わり、校門を出たところで先生方に見送られる妻・路子と息子の公平。
その時、とおり風とともに一瞬あらわれる高林先生。
「わしはここにおるぞ、みんなをいつも見とるからな!」
高林先生は笑顔で手を振っていた―――――完






全6回でしたが、素晴らしいドラマでした。
「夢」に始まり「氣力」で終わる。
「氣」の字には"人におくる米の意またはおくる意"があるそうです。
コーチ時代に教えた選手、桜台高校の先生、3年4組の卒業生だけでなく、この番組を見た視聴者のみなさんの心にも高林先生は大きなものを残し、これから生き続けることを願ってやみません。
最後に、NHKのみなさん、スタッフのみなさん、素晴らしいドラマをありがとう!
 
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[2008/02/23 23:03] TV | TB(0) | CM(2)

終わって見て・・・・

mino_rinさん こんばんは。

フルスイング終わってしまいましたね。

氣力-あきらめない事。


何時も妥協する事が多い自分には痛い言葉でした。高さんの様な先生に会っていれば自分の人生も変わっていたかも知れません・・・・


PS.岡田Japan優勝逃してしまい残念でしたね。

[2008/02/24 00:27] yasu [ 編集 ]

yasuさん>>

yasuさん>>

コメントありがとうございます^^
フルスイング、終わっちゃいましたね(涙)

私もあきらめがはやいタイプなので、「氣力」を胸に刻もうと思う次第です。

入院生活が5週間だったことも驚きました。
相当悪かったかと思いますが、我慢強い人だったのだと、改めて思ってしまいました。

これを機会に本も出版されたようですので、読んでみたいと思います。


岡田ジャパンは、もうちょっと魅せる試合をしてほしかったのですが、
なんだか最後まで先行きが不安になるような試合になってしまい残念でした(涙)

[2008/02/24 00:59] mino_rin [ 編集 ]

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